辛亥革命(1911年)により清朝の皇帝支配に終止符を打ち、「中国革命の父」と称される孫文。孫文の活動を支え続けた長崎出身の「梅屋庄吉」。さる8月26日(木)、中国公式訪問時に視察した上海万国博覧会。日本館特別コーナーで、梅屋のひ孫小坂文乃(日比谷松本楼常務)さんが中国(孫文記念館)の協力を得て、「孫文と梅屋庄吉展~温故創新~」が開催されました。庄吉夫妻と孫文夫妻のドキュメンタリー映像(知られざる友情の軌跡)や手紙、記念写真等が展示されその友情の歴史・強い絆が紹介されていました。「革命の兵を挙げたまえ、我は財を挙げて支援する」「ワレ中国革命ニ関シテ成セルハ孫文トワレトノ盟約ニテ成セルナリ」など庄吉の遺言により公開されず、歴史の中に埋もれていた日本人の生涯を知りましたので、活動の備忘録のなかに留めておきます。
庄吉は、1868年(明治元年)長崎で生まれた。父は、貿易会社「梅屋商店」を経営し、長崎と上海との貿易の草分け的存在と言われ、相当な資産家であったが庄吉は米穀相場に失敗し中国に渡った。写真術を学んで写真館を経営するなど富と地位を築き、映画興行で莫大なお金を得て(現在で約4億円)日本に帰国している。帰国後は、Mパテー商会という映画興業会社(日活・日本活動写真株式会社)を設立し、映画事業でも成功を収めている。庄吉は商才に恵まれ、時を読む的確な判断力と度胸、よいと思ったことは即断即決で実行し莫大な利益を上げ、その利益を孫文の革命に資金として、1兆円規模(現在の貨幣価値)の支援を行っている。アジア友好・平和、日中親善のため今の日本人は庄吉のように支援できるのだろうか?見返りを求めず男の約束を守り続けられるのか?今後の日中友好、経済交流の視点からも是非長崎での企画展を切望するものです。(写真の展示説明者は小坂文乃さん)